定番な趣味

【社交ダンス】病弱な母はアラカンで出会って人生が伸びました

 

こんにちは。yaeです。

今回は親の話を少しします。

 

結婚後 実家を出た私は

40年近く 一緒には暮らしていません。

 

厳密にいえば最初の子の時に

切迫早産で絶対安静を言い渡された時に

 

実家で2ヶ月

お世話になりましたが

 

その後 どのような生活をしていたかは

時々 うかがい知る程度だったのです。

 

互いに用がないと連絡しないので。

 

私が出てから母は

 

車の免許を取り

生涯大学に通い

書道と社交ダンスを始めました。

 

こう書くと とても活動的な人だと思われそうですが

 

若くしてリュウマチを患い 寝たり起きたりの生活が

私の学生時代では常でした。

 

小学生の時には 本当に

母はあと10年生きているだろうかと

 

子供心に心配していたほど 弱かったのです。

 

 

独立独歩な母、人当たりいい父

 

来年二人とも90歳になります。

二人で公団住宅に住んでいます。

 

父は子供好きですが 母は嫌いと公言します。

(自分の子は   まぁ少しは好きになったとは言っていましたが)

 

元からこうなので まったく過干渉ではありません。

体調が悪い時は ただただ薬を飲んで寝ていました。

 

私はと言えば

家事を手伝えばいいものを

 

(私がちゃんと家事ができるようになると

安心して死んでしまうかもしれない)

 

などと子供心に思ってしまって よくケンカしていました。

まったく優しくない娘でした。

 

父は母が寝込んでいて お弁当を作れないとわかると

「俺が作る」と言って 朝用意してくれるような子煩悩です。

 

高校生なんだから自分で作れ!なのですけど

 

結婚するまで カレーしか作れなかったので

包丁も怖かったしで

 

ありがたくお願いしていました。ダメダメです…

 

 

父と母は昭和一桁生まれの同い年。

 

キャンキャン口煩い母に 対抗しながらも口では勝てない父

馬が合うのか 今も日常の風景です。

 

母は55歳で自動車免許を取りました。

卒業までに なんと72時間かかってます。凄すぎです。

 

自転車も乗れない人ですし(ボソ)

 

「事故を起こされたら 教習所の名折れだ」

と言われて

中々合格させてくれなかったと ボヤいてました。

 

いや それ死活問題ですから。教習所側は!

 

無事に免許を取ると

 

今度はそれを知った父が 対抗心を燃やして

"お前に取れて俺に取れないはずはない"  と行き始め

 

母よりは ちょびっとだけ  少ない時間で取得。

(えーっと確か50時間くらいだったかな^^;)

 

同い年というのは

時々ライバル関係が発生するのですかね(笑)

 

私は主人とは7つ違うので

まったくわからないことです。

 

 

生涯大学で社交ダンスに出会う

 

当時は"老大"という名前でした。

(老人大学というネーミングが 既に隔世の感がありますが)

 

終戦時 中2だったので

高校までしか 行かれなかった母の

 

"大学"への憧れは

プライドの高さと共に ずっとあります。

 

行きたかったけど 行かれなかった…

 

どういう形態であれ

大学に通うというのが 叶ったのは

うれしいことだったのだと 思います。

 

 

生涯大学というのは

各都道府県に何か所も 設置してあります。

 

私の県でも通うのに 選べるように5つくらいあります。

 

大学には課外活動という

部活動みたいなものがあって

 

そこで

母は "社交ダンス" を選んだのですね。 

 

洋裁学校を卒業し

テーラーで背広を縫っていた経歴もあってか

 

母はおしゃれです。

 

そういえば 父もおしゃれです。

実は兄もおしゃれ・・・。

 

あ・あ・あ・・・・・(泣)

(コホン)

 

ま・あ おしゃれはいいとしても

 

運動神経は悪く 体力は言わずもがな。

 

私が体育の通信簿で 4をとったときに

「うちの家系で 初めて3を超えた」

 

と言われたほど

運動能力に秀でている人が いない家庭です。

 

しかし

 

父と付き合っている時に

ダンスホールに行ったことがあるとは聞いたので

 

子供に手が離れて

何か新しいことを 始めてみようと思った時に

 

ひらめいたのかも しれないですけど

とにかく普段の母からは 結びつかなかったです。

 

 

長年の友達もダンスに加わる

 

近所に 古くからの友人がいました。

 

茶道の先生をしていたので

私も5年ほど 習ったことがあります。

 

その方はどちらかというと

誰かと一緒でないと新しいことはできないタイプで

 

子供心に 金魚のフ〇みたいだと

自主性のなさに腹を立てていた時もありましたが

 

いや…子供の考える事です。はい。

 

話すと面白いけど

 

第一印象が とっつきにくい母と

見るからに 気配り上手な彼女は

 

互いの欠点を補うような関係だったんだなと今は思います。

 

で当然のように

彼女も 社交ダンスを始めたのでした。

 

父と共に社交ダンスにどっぷりこん

 

定年になって 嘱託仕事はしていたけど

それ以外は

 

朝から だらけてビールを飲んでいた父を

ムリムリ巧みに引き込んで

 

ダンスサークルに顔を出すうちに

一回り下のいい先生に巡り合います。

 

多い時は一週間に5回

ダンスに通っていたと聞いたことには

 

リュウマチは大丈夫?寝込んでない?

と思わず問いただしたことも。

 

だって

私の知っている母は

 

身体が弱くいつも寝込んでいましたから

 

とても とても (嬉しい事だけど)

 

信じられない!!

 

でも・・・

 

ダンスに行く

 

これが

生活のリズムを作っていたのですね。

 

外に出るとなれば 身だしなみはきちんとしますし

 

社交ダンスに来られる方は

衣装に着替える前から パリッとした服装をされていて

Tシャツにジーンズな方はいないそう。

 

父は 母とはダンス歴に2年差があったので

初心者サークルから始めてましたが

 

もともと話し好きで社交的な父は

すんなり溶け込んで

 

男女比がどうしても女性に偏るものですから

可愛がってもらってました。

 

(今でもバレンタインとかで 色々もらってくるんですよ^^;)

 

一大イベントのダンスパーティは5年ごと

 

その先生は あちこちでお稽古をしているので

 

その生徒さん達を一堂に会した

パーティと言う名前の発表会をしています。

 

ホテルのホールを貸し切りで

 

フランス料理のフルコースを

招待者とテーブルで食べながら

 

出番が来ると ステージに立って踊るのです。

 

規模が大きいので 5年に一度ですが

次も出られるかしらねぇ…というのが

モチベになっていました。

 

3回ほど見に行きましたが

衣装の(もちろん全員貸衣装です) きらびやかさも さることながら

 

舞台に負けないだけのお化粧が すごくて

(つけまつげバシバシ! 近距離で直視するのは 中々勇気がっ)

 

初回は驚いた事しか覚えていません(笑)

 

でも 父も母も輝いていて

一緒にダンスできるってすごいなぁと

心底思いました。

 

 

母が倒れて 父がリードをし始める

 

私の方が2年先輩だから!

 

と ことあるごとに

父にダメダシを言ってた母ですが

 

ある日 スーパーで突然倒れました。

 

花粉症でもアレルギー体質でもなかったのに

アナフィラキシーショックで 血圧が一気に下がったのです。

 

追い打ちをかけるように 狭心症 も見つかり

 

細い つまりそうな血管に

ステントを入れる手術を 何度も行うことになりました。

 

若い頃から

リュウマチで 強い痛み止めを服用していたのもあって

血管が脆くなっていたようです。

 

大きな発作のダメージは それだけ大きかったのです。

 

口だけはたっしゃですが!

 

それから父は

どこに行くにも 一緒についていくようになりました。

 

一人にしておくのが怖いと。

 

父が85歳で 新車を買ったのには

そのあたりの決心も あるのだと思います。

 

サークル最高齢に

 

友達が 櫛の歯がかけるように 

他界していきました。

 

前述の 古くからの友達も去年亡くなりまして

いつのまにか 自分が最年長 です。

 

ダンスはさすがに踊ると

心臓が悲鳴をあげるので

 

とても調子のいい時だけ

パートナーを父に限定して動く程度になっています。

 

それでも自分ができることは貢献

 

会計などは 特に一年交代ではないので

できる限り引き受けているのは 頭が下がります。

 

母は 自分が悪かったことでも

決して謝らなかったのですが^^;

 

今は素直に謝るし ありがとうとも言います。

 

それが嬉しいと思う時と

 

ちょっとほろ苦い感情で受け止める時が

娘としてはあります。 複雑です。

 

父は 家の家計簿もつけているので

二代目のPCを買って エクセルで会計を管理しています。

 

頭上がらない こっちも!

 

もし ダンスに出会ってなかったら

 

絶対に こんなに長く生きてくれてはいません。

 

太極拳と同じで体重移動が大変らしく

優雅に見えるけれど足元ではという

 

水鳥みたいに体力を使う競技です。

 

未だに

まっすぐ立って歩けるのも

 

あれだけ猫背だった

父の背中がピンっとなったのも

 

ダンスのおかげです。

 

生涯大学の課外活動~社交ダンスサークル~先生との出会い…と

いい運で 本当にめぐまれていたのだなと。

 

いつか までは

 

今は心臓の病気もあって

動くと息が苦しいので 見学するのがほとんどですが

 

父は踊っているので 一緒についていく。

(そしてまだダメダシを言うらしい。もう痴話げんかの域!)

 

行けば 知古の友達に会えるわけで

そうして1日1日が過ぎていく。

 

私もそうありたいなぁと思う 今の両親の姿です。

 

 


↓↓↓初心者向けのDVDです。

   誘われたけど どういうものかまったく知らなくて不安な方は 予備知識としても使えます。

-定番な趣味

© 2021 大切なものはすぐ近く Powered by AFFINGER5