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山上徹也父の会社は吉崎建設「ヒラから出世した努力家」【新潮】

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安倍晋三元首相銃撃で逮捕された山上徹也容疑者ですが、父親も高学歴のエリートだったことを新潮が報じました。山上徹也容疑者の父親と母親の関係についてもわかってきました。

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山上徹也容疑者の父「社長の娘と結婚」

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山上徹也容疑者の父は京都大学工学部土木工学出身でした。高校は大阪の府立天王寺高校です。1970年に卒業後、大手建設関連会社に勤めて各地を転々とします。

70年代の後半に山上徹也容疑者の父は奈良県の吉崎建設に就職します。ほどなく、吉崎建設の社長の娘と結婚をしました。

吉崎建設というのが、山上徹也容疑者の祖父の会社でした。社長の娘とは現在69歳の山上徹也容疑者の母親です。

山上徹也容疑者の父に役職が用意されていたわけではなく、ヒラ社員から工事部長になり、最終的に取締役まで出世したのは本人の努力の賜物です。

働きぶりを見ていた社長である山上徹也容疑者の祖父に見初められたのでしょう。吉崎建設は祖父が社長でいた内は奈良でも中堅の下請け建設会社として、黒字経営だったと言います。

90年半ばまでは年商6億、3000万近い収益を出したこともありました。業界でも関西圏のトンネル工事をまかされるなど実績はあったのです。

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山上徹也容疑者の家「不気味な家だった」

結婚後、山上家は祖父の所有する東大阪の土地に25坪ほどの2階建ての家に住み始めます。家族は山上徹也容疑者と兄、両親の4人になっていました。

40年以上前のことだというのに、近所の女性が山上徹也容疑者の家族の家を覚えていました。

よく怒鳴り声が聞こえてくる家だった
酒を飲んでろれつが回ってない父親が母親を怒鳴りつけていた。母親はひたすら黙って耐えていた
外から見える家の中も散らかり放題だった
山上徹也の母は既に宗教活動を始めていました。長男と次男は放置されていたというのです。
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山上徹也容疑者の母が信仰「朝起会」

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山上徹也容疑者の母は最初から旧統一教会に傾倒していたわけではありませんでした。

「朝起会(あさおきかい)」という午前5時頃からの「実践倫理宏成会」の活動に参加していたのです。近所の人によると勧誘はしていなかったそうです。

実践倫理宏成会は戦後設立された会員数400万を越える会ですが、宗教団体であることを否定しています。

「朝の誓」という生活倫理を唱える「社団法人」ということになっているからです。しかも山上徹也容疑者の母が在籍していた事実はないと、新潮の取材に答えています。

【追記】山上徹也容疑者母の信仰のきっかけ

元統一教会の信者だったジャーナリストの多田文明氏は、最初の接点はバレーボール大会だったと話しました。

声をかけられて、行ってみたら実は自分以外全員が信者だったと後でわかったといいます。

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多田文明氏

私は学生の頃、駅前でキリスト教系の勧誘をうけたことがあります。ピアノレッスンの帰りでしたので楽譜を持っていました。

普段なら「結構です」と足早に去るのに、その時は人恋しかったのか「讃美歌を歌いに来ませんか」という言葉について行ってしまったのです。

声をかけてきた女性二人と共に、歩いて教会に向かいました。子供の靴が雑多に脱ぎ捨てられてある玄関を通って一室に通されました。そして分厚い讃美歌の本を渡され、何曲か一緒に歌いました。

初めて目にする讃美歌の本に、興味と高揚感がありました。

帰り際「また来てくださいね」と言われて、週1で親に黙ってこっそり通うのもいいかもなぁと考えたことを覚えています。秘密を持つということにワクワク感があったのです。

結局、家に戻り我に返ってお断りの電話をするのも怖くなり、手紙で告げました。多田文明氏の言われるように、何気ない日常の接点から始まるのだと改めて思い出しました。

山上徹也容疑者の母も、自分から宗教団体を探して入会したわけではないでしょう。普段の雑談の延長から、「話してみない?」と信者に引き込まれて行ったのだと。

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山上徹也容疑者の父がノイローゼ

子供が2人いるにも関わらず、育児放棄をして宗教活動に入れ込んでしまった山上徹也容疑者の母。山上徹也容疑者の父は酒の量も増え、精神的にもうつになっていきました。

吉崎建設でも取締役です。社長の祖父は身内であり、名前を汚さぬよう立ち回りにも気を遣っていたに違いありません。外と内でストレスを抱えていたとも言います。

報道当初は急死したと言われていた山上徹也容疑者の父親ですが、近くのマンションから飛び降りて亡くなっていました。

現場は当時の東大阪市の自宅から歩いて5分ほどの12階建てのマンションでした。

周囲ではひときわ高層の建物だったため、山上徹也容疑者の父の他にもたびたび飛び降りがあったということです。

山上徹也容疑者の母は、夫が亡くなった時に知人に

「本当につらかった」「宗教に救われた」

と語っていたと言います。山上徹也容疑者の妹は父親の葬儀の時にまだ母親のお腹にいたそうです。

山上徹也容疑者の母が旧統一教会に入ったのは、夫が亡くなってからからしばらく経ってからでした。

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山上徹也容疑者の母は吉崎建設の経理担当に

大国柱だった山上徹也容疑者の父を亡くし、一家は吉崎建設社長である祖父の家に引っ越します。山上徹也容疑者の母は取締役に就任し、経理担当になりました。

1998年に祖父が亡くなると相続した土地を売った代金や、山上徹也容疑者の父の生命保険金5000万も全て、旧統一教会に献金していきます。

吉崎建設は山上徹也容疑者の母が代表になったものの2002年に本人が破産宣告。2009年には会社自体が正式に解散という憂き目にあいます。

吉崎建設の足跡を探してみましたが、みつけられませんでした。

山上徹也容疑者の母が経理をしていた時に、横領した等の話は今の所聞こえてきません。しかし献金は一回のお布施で数千万単位で吸い取られていたと言います。

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山上徹也容疑者の父は吉崎建設の取締役だった

地元の建設業界関係者も吉崎建設の解散には首をひねっていたそうです。業績も良く、関西圏では名が知られていたからです。

山上徹也容疑者の祖父が一代で築いた会社を失くしてしまったのは娘でした。娘の夫にと請われて夫婦になった山上徹也容疑者の父。

夫婦のあり方から宗教に入っていった山上徹也容疑者の母。子育て放棄、夫の自死、破産、長男のガン闘病と自死。宗教を憎み続けた先の山上徹也容疑者の犯行。

「呪われた一家」と新潮が書いたのもわからないでもありません。

山上徹也の母は統一教会「今も熱心に貢献する信者」

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安倍元首相銃撃事件
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